室堂〜五色ヶ原〜黒部ダム
室堂山 ムロドウヤマ 標 高 2668m 標高2000m超峰 山 域 北Alps立山連峰
浄土山 ジョウドサン 標 高 2831m 山 域 北Alps立山連峰
鬼岳 オニダケ 標 高 2750m 山 域 北Alps立山連峰
獅子岳 シシダケ 標 高 2714m 山 域 北Alps立山連峰
鷲岳 ワシダケ 標 高 2617m 標高1003山 山 域 北Alps立山連峰
登 山 記 録
登山月日 2018年9月13日〜14日
登山経路 9月13日
扇沢7:30=室堂9:00〜室堂山9:50〜浄土山10:45〜鬼岳東面11:50/(鬼岳往復約40分)12:30〜獅子岳13:30〜ザラ峠14:35〜五色ヶ原山荘15:25
9月14日
五色ヶ原山荘5:20〜鷲岳6:35/6:45〜五色ヶ原山荘7:15/7:20〜キャンプ場7:40〜刈安峠9:20〜平乃小屋10:30/11:00〜クロヨンロッジ15:05〜黒部ダム15:35/16:05=扇沢16:20
行動時間 第1日目 第2日目 合計 (休憩時間・ロスタイム含む) 
天 候 第1日目 第2日目
メンバー 単独
情   報
アクセス 扇沢駅まで
トレイル 五色ヶ原まで 急坂・岩屑など荒れたところもあるが概ねよく歩かれた登山道
黒部湖まで  木道が終わると急坂が連続するが刈安峠からは驚くほどよく整備された快適トレイル
黒部湖畔   崩壊地や絶壁の縁などもあり高巻く梯子場などもあるが安全確保されている 
水場・トイレ 室堂・五色ヶ原・平乃小屋に飲料水・toiletある。
その他 2日間コースとしてはとても良い
山行記

第1日目


黒部ダムから室堂へ


室堂展望台から見る立山カルデラと室堂山


室堂山山頂・富山大立山研究所が立つ浄土山


浄土山から見る霧の雄山・ハイマツ帯から現れた雷鳥


「鬼岳東面」からの龍王岳と雄山方面


鬼岳とその山頂

 
獅子岳山頂と雷鳥のつがい


ザラ峠・五色ヶ原テント場分岐
一年に一度は北Alpsを歩きたいと思っている。今年は日本の山岳標高1003山の鷲岳がある五色ヶ原を目指した。
7時半の扇沢始発のトロリーバスに乗り、黒部ダムからはケーブルカーで黒部平に、ロープウェイで大観峰へ、再びトロリーバスで室堂に向かい、室堂へは9時の到着であった。反対側の富山県側からバスで乗り付けた観光客や、小学生の学校登山で喧噪の室堂である。喧噪を嫌って一ノ越への登山道に入り、すぐに右側に分岐する室堂展望台・浄土山登山道に入った。石畳から岩ゴロの道に代わったが室堂からは50分ほどで室堂展望台に着いた。立山カルデラを覗いた後は道の無い室堂山に向かう。登山者が怪訝に見る中草地から岩場を選んで10分ほどで標高2668mの室堂山山頂に立ったが山頂標識も三角点もなかった。山頂をカメラに収めた後はザックをデポしておいた浄土山への分岐に直線的の戻った。この時期観光客が少ないのが救いであったが登山道を外れることの気まずさが残った室堂山ではあった。
分岐から先は岩ゴロの荒れた登山道を行き、やがて急登の岩稜帯となって浄土山を目指す。前方には岩場をあえぐ登山者が見えるが自分も負けず劣らずの喘ぎで一歩一歩高度を稼いだ。浄土山に登り着いたが最高点と思える場所が分からない。富山大学立山研究所の建物の立つ場所で山頂を特定して休憩しているとハイマツの影から雷鳥のつがいが現れた。久しぶりの雷鳥との出会いで感激である。何枚もカメラに収めたが良い画像が取れなかったのは残念であった。
浄土山からは五色ヶ原への道に入って、龍王岳の山腹を巻きながら一気に高度を下げて行く。落石の危険場所であるがヘルメットを持ってきたのに被らずに慎重に鞍部に下り切った。鞍部から少し登りかえすと「鬼岳東面」の標識が立っていた。ここから2番目の目標ピーク鬼岳を目指す。東面に張り出した小尾根の岩稜とハイマツ帯を登り、大岩に阻まれると草地に道を選びながら20分ほどで鬼岳最高点に着いた。当然山頂標識もなく三角点もなかった。それでも未踏の2000m超峰を踏んで感激である。目の前の龍王岳や雄山方面を見ながら暫し休憩の後、下山は下方に安全を確認しながら草地を下って、途中から登りに使った岩稜帯に戻って、鬼岳東面の登山道に下った。
「鬼岳東面」で昼食休憩の後、遅くまで残雪が残るという鬼岳東面の岩場の急坂を下って行き、再び登りかえすと「鬼岳東面」の標識があった。「鬼岳東面」は2カ所あるというわけである。更に岩稜帯を下って少し登りかえすと獅子岳山頂であった。三角点は最高点の岩場に埋め込まれてあった。獅子岳山頂でも一息入れた後、一度小さなアップダウンの後、ハイマツ帯を下りかけると登山道に雷鳥のつがいが現れた。今日2度目の雷鳥との出会いであり、ゆっくりと撮影タイムを取った。雷鳥は逃げるでもなく私の足場付近を徘徊してくれ撮影に協力してくれたのである。雷鳥との戯れの後はザラ峠を目指してぐんぐん下る。ここが今日一番の危険個所でザレタ登山道は滑りやすく、滑落防止にステッキを使いながら慎重に下った。この辺りから霧の中でさらに気を遣うのであった。
霧のザラ峠に下って一休みの後は五色ヶ原への登り返しである。疲労の蓄積で足の運びも遅くなり、ゆっくりと登り始めたが15分もすると突然右足が痙攣をおこして激痛が走った。「脱水症状」と認識して岩場に腰を下ろして、かかりつけの整形外科で処方してもらった漢方薬があったので口に含み暫し休憩した。痛みが治まったので更にゆっくりと五色ヶ原を目指した。木道に出ると一安心である。キャンプ場への道を分け霧の中木道を進と霧雨が舞い始めたので慌てて傘指して進むとすぐ先に五色が原山荘が現れた。
山荘で宿泊手続きを済ませると今日の宿泊者は数名の登山者で、個室があてがわれたのは幸いであった。持参したビールを水道水で冷やし、日本酒を2合ほど飲んでいると夕食時間となった。更に焼酎を2合ほど飲みながら粗末な小屋飯の夕食を摂ると睡魔が襲い、個室の戻って爆睡状態に陥ったのである。夜半には屋根を叩く大雨になったが快眠の五色が原山荘の夜ではあった。


第2日目


五色ヶ原山荘から見る鷲岳と鷲岳から観る五色ヶ原


キャンプ場付近に現れた雷鳥のつがい


黒部湖畔の平乃小屋


五色ヶ原山荘の朝は4時に点灯され、5時には朝食タイムであった。窓の外を覗くと夜半に降った激しい雨も小止みになっていて何とか目標の鷲岳は踏めそうで一安心である。山荘の朝食もまた粗末なもので、これなら自炊したほうが良かったと思うほどである。昨夜両隣に寝た単独行者は今日は室堂に戻り、若者2名はスゴ乗越を目指すという。
私は食事の後toiletを済ませ、ザックを預けて、サブザック担いでまだ明けやらぬ外に出た。目指す鷲岳は目の前に丘のように見える。木道を鳶山方面に5分ほど歩くと湿地帯に分岐する木道があり、これに入ったがすぐに行き止まりになっていて、鷲岳に直登するには岩屑の積み重なる急登を登らなければならないようである。(実はこれを登るのが最短であった)踵を返し木道を鳶山方面に進んで稜線に登り着く。稜線上はハイマツ帯であり草地との境を山頂を目指す事にした。それとなく踏み跡もあって間違いなく山頂に続くものと思ったがすぐに踏み跡は消えてハイマツ帯に阻まれた。周囲を見渡してハイマツ帯突破を決断する。最初は背の低いハイマツであり何とか高度を上げて行くが最後は背丈を越える手強いハイマツになって行く手を阻んでいた。それでも「草地に出れば」という思いでハイマツの下に潜り込んで強引に突破した。ハイマツとの格闘は20分くらいであったと思う。
草地に出て滑るのを嫌って岩屑の重なる場所を選びながら高度を上げると、苦も無く山頂の一角に登り着いた。山頂稜線のハイマツと草地境には顕著な踏み跡があって、すぐに最高点に着いた。最高点には手製の山頂銘板が岩に括り付けられてあった。
眼下には雨上がりの五色ヶ原が広がっていた。小さな池塘がキラキラと光っていて幻想的である。五色ヶ原の後方には針ノ木岳・船窪岳・不動岳などが聳えていて、その右側には烏帽子岳から野口五郎岳の裏銀座の山々が勢ぞろいしている。遠くには槍ヶ岳も見える。そして右後方には赤牛岳・黒部五郎岳・薬師岳がよく見えて富山平野に高度を落としている。左後方には昨日歩いて来た立山連峰が黒々と聳えていて、まさに北アルプスの最深部に来ていることを実感させられるのであった。それらをカメラに収めた後は名残を惜しみつつ鷲岳山頂を後にした。下山はハイマツ帯を嫌って草地の中の岩屑を拾いながら真っ直ぐに下って登るときに逡巡した湿地帯の木道に下りた。木道を5分ほど歩いて五色ヶ原山荘に戻った。
デポしておいたザックを引き取り小屋番に挨拶をして五色ヶ原山荘を後にした。木道を10分ほど下ると石畳に代わった登山道に雷鳥が現れて歓迎してくれた。今回3度目の雷鳥との出会いでまさにハッピーな気分にさせられるのであった。しばし雷鳥撮影タイムの後キャンプ場に下ると一張のテントが撤収中であった。10年程前ムスコと此処にテントを張ったのであるがほとんど記憶には無かった。キャンプ場を過ぎると小さな沢を渡り五色ヶ原を下って行く。最後は木道もなく水たまりの道に代わるがそれほど酷い道でもなく飛び石伝いで靴を濡らすこともなかった。やがて五色ヶ原を下り切って小灌木帯に入り、巨石の急坂と緩い尾根道を緩急繰り返しながら高度を下げて行く。五色ヶ原山荘から1時間ほど歩いて転石に腰を下ろして一息入れた。目安の刈安峠がなかなか現れないので焦燥感もあったが、登山道脇に関西電力の測水施設を過ぎると刈安峠で、五色ヶ原山荘からは2時間も掛かっていた。刈安峠からの登山道は時々倒木も現れるが、広くそして緩く続いていてとても歩きやすい快適トレイルが黒部湖畔の平乃小屋まで続いていた。刈安峠からも50分のコースタイムを1時間ほどかかってしまった。
小屋前のベンチで昼食のパンとリンゴを食べてお腹を満たした。関電関係者と軽口叩きながら30分ほど休憩し、黒部湖畔の道に入る。2003年赤牛岳から読売新道を下って奥黒部ヒュッテで幕営し、黒部湖を平の渡しで渡って湖畔道路を歩いた記憶がよみがえる。黒部湖畔を15キロ・コースタイムで4〜5時間を覚悟しなければならないのである。水平道の続く湖畔道路と違う事は経験で知っている。平乃小屋からすぐ先の渡船場を過ぎ、すぐに入江を巻く道に入ると木の根絡まる道になり難儀しながら歩く。その後も沢を高巻く長いハシゴ場や絶壁・崩壊地の縁など肝を冷やしながらの場所を超えて行く。1時間一度は腰を下ろして給水タイムを取りながら進むが段々とインターバルが短くなるのである。対岸に「ロッジくろよん」が見えてくると「あと一息」と思うのだが大きな入り江を巻きながらまだかまだかの思いで歩き続けた。「ロッジくろよん」には平乃小屋から4時間以上かかって15時過ぎの到着であった。ロッジからは舗装された荷物運搬道路を歩き、吊り橋の「かんぱ谷」を渡って黒部湖駅に着いた。中国人団体客で大賑わいの黒部ダムを歩いて、トロリーバスの乗り場の黒部ダム駅には平乃小屋から4時間40分かかった。今の自分にはこれが精いっぱいの脚力であり、無事歩けたことの満足感もあった。休む間もなく16:05発のトロリーバスに乗って扇沢には16:20に着いた。

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